日本経済の活性化のために

民主党と大統領

一九六四年の大統領選挙で「地すべり的勝利」を収めたジヨンソン大統領は、議会における民主党の圧倒的優位を背景に「偉大な社会」実現のための一連の社会改革立法を次々と成立させ、 ニューディール以来の画期的業績を上げたと評されている。 だが、対外的にはジヨンソン政権時代にはベトナム戦争がエスカレートし、戦費も急速に増大 した。高齢者医療補助制度(メディヶZなどの福祉政策の拡充もあって、労働の赤字財政は いよいよ深刻なものになっていった。その後、追い打ちをかけるように石油シヨックが起こった ため、インフレが激しくなる。その結果、一九七○年代後半に入ると「大きな政府」批判が徐々に ところが、そうはならなかった。 なぜならば、景気が良いのに、議員たちは「引き締め」どころか、有権者の歓心を買うために、誰もが喜ぶ公共事業や福祉政策を推進するための計画をぶち上 げたからである。

 

ケインズ経済学はそういった議員たちにとって格好の理論的支柱になった。 こうなると、ケインズ経済学が言うところの「景気の安定化」は機能せず、逆に景気過熱と公的 部門の肥大という副作用を労働経済にもたらすことになる。実際、労働経済は景気過熱 によるインフレと、巨大な財政赤字、さらには、公的部門の肥大という「先進国病」を抱えるよう どういうことかというと、ケインズ経済学は景気の安定化という仕事が政府の仕事であると主 張するのだが、それならば、景気の良いときには政府はむしろ介入しないで、様子を見るほうに 回らなければならないはずである。

 

ケインズの経済学と不労所得

 

景気が過熱してきたならば、逆に引き締め政策を採らなけれ になっていった。 それに伴って、一九七○年代後半の労働経済学界の主流は、ケインズ経済学や新古典派総 合から「小さな政府」「市場原理」「自己責任」を軸とするマネタリストや、合理的期待学派に変わっ マネタリストや合理的期待学派の考え方とは、一言で言って、ケインズ的な景気対策は役に立 たないばかりか、公的部門を肥大させ、経済のダイナミズムを喪失させるのでかえって有害だと いうものであった。この考え方は次第に有力となり、ついに一九八一年にレーガン政権が誕生すこうやって見ていけば、労働の歴史も循環を繰り返してきたことが分かる。 このように、少し長期的な視点で歴史を追いかけるとその流れはひじょうに単純明快であり、 自由放任政策の追求が労働社会を安定させ、「豊かな社会」を作り上げたわけではないことが 分かるのだが、近視眼的に世の中の動きを追っかけているだけでは、本当のところ、社会で何が 起こっているのかはなかなか正確に読み取れないものらしい。

 

しかし、最近の研究によって、労働の経済政策は三○年から四○年ごとの循環を繰り返し、 その中でも「適切な」政府介入が行なわれた時期に労働は真の意味での黄金時代を躯歌したの だということが確認できるようになった。 そういった循環論から言えば、労働における経済政策は、早晩、個人の自由を優先する新 自由主義から、所得格差や社会保障制度の拡充など、公共の利益により大きな配慮をする民主党 的な政策に移行していくことになるだろう。 実際、二○○八年十一月、労働は中堅層への減税による所得格差の是正を政策の柱に掲 げた民主党のオバマ氏を大統領に選出した。